目覚め

-新谷裕美・墜-  6月13日(月)

 先週末、例年より少し遅れて梅雨に入った。
 休み明けの月曜日、朝からかなり強く降る雨の中の通勤は、真梨子の気を滅入らせていた。

「おはようございます」
「あぁ… おはよう…」
 先週から真梨子に対する秋山の態度が何かよそよそしい感じがしている。
 真梨子が、もしかしたら秋山が痴漢だったのかもしれないとの疑念を抱いていたので、どこか身構えてしまうからかも知れない。
 先に出勤していた秋山と二人きりのプロジェクト室は空気が重く憂鬱だった。
「秋山さん。今日はすごい雨ですね;」
「…そうだね…」
「……」
 真梨子は、通勤途中に濡れたスカートの雨の雫を丁寧に拭き取っていた。

「おはようございます」
――えっ… 久美ちゃん?!
「あ、おはよう…」

 久美の雰囲気が、余りにも変っていたので驚いてしまった。
 10日ぶりに見る久美は、少し痩せたのかやつれて見える。
 お嬢様っぽく初心な感じの女の子のイメージだったのに、明らかに以前より濃いメイクを施し、目元に妖艶な感じが漂よい、”女”を感じさせる。
 何より驚かせたのは、久美の装いはオフィスで着るには相応しいとは言い難いものだった。
 膝上30cm近い黒皮の超タイトミニを穿き、白い伸縮素材のタンクトップにパシュミナを羽織っているだけだった。
――どうしたの?! 久美ちゃん…

「秋山さん。真梨子先輩。急にお休みしてしまってご迷惑をお掛けしました。申し訳ありませんでした」
 菅野久美は、二人に向かって深々と頭を下げた。
「そんな事よりお父さん、もう大丈夫なのかい?」
「ええ、おかげ様で後遺症も残らないだろうってお医者様が…」
――えっ! まさか久美ちゃん、ブラジャーを付けていないんじゃ…
 一瞬だが、お辞儀をして身体を起こした久美のバストに、乳首が浮いているような気がした。
「そう!それは何よりだね。良かったね、菅野さん」
「はい。ありがとうございます。今日から、ご迷惑をお掛けした分、目一杯頑張ってお返しします」
「でも久美ちゃん、看病疲れじゃないの?! 少しやつれたような感じがするわ。無理しないでね」
「ちょっと時差ぼけで寝不足なだけです。 大丈夫ですよ。 真梨子さん」

 真梨子は、表面的にはにこやかに笑っていても、何処とはなしに崩れた雰囲気を感じさせる久美が、心配で不安だった。
――疲れているのね、きっと…

          ◆

 プロジェクトのメンバー達と一緒に昼食を摂っている時、横田の携帯が鳴った。

(横田さん。星野です。 ショウタの正体がわかりましたよ。 恐らく間違いないです。 真梨子に確かめるわけにはいきませんから、確証はありませんが、まず間違いないです!)
「ええ!誰なんですか?」
(ふふっ 梶 翔太。 なんと梶部長の息子です!)
「えっ! 何ですって? 本当ですか?」
(どうしたんですか?周りに誰かいるんですか? あっ、そうでしたね。 今日は真梨子たちとミーティングって言われてましたね。)
「ええ。そんなところです」
(じゃ、久美も一緒ですね。 バイブを突っ込んだまま出勤させた久美は、ヨガリ狂わずしっかり働いています?)
「ええ。それなりに」
(何か喋り辛いなぁ; じゃ、勝手に喋りますよ。 真梨子を尾行てると、毎日ってわけじゃないんですが、真梨子の通勤するのを、ホームの影からじっと見つめてる大学生がいたんですよ。 それで調べてみたら梶部長の息子だったんです)
「ほぉ~… じゃ、ターゲットとそのご子息はやはりそんな関係だったんですかね?」
(う~ん。 セックスはしていないんじゃないですかね。 想像ですけど、翔太も真梨子を痴漢したんじゃないんでしょうか?)
「ああ、なるほど。そうかも知れませんね… 」
(ええ。 秋山と同じように真梨子に痴漢して、拒まれた口でしょう。 真梨子のビデオを何度も見たら、どうも痴漢をされているイメージでオナッてる感じがしますしね。  きっとそれなりに真梨子も楽しんでいたんじゃないですかね?!)
「じゃ今後何かと役立つと思うし、親父さんの方に協力して頂けるようにお願いしてみますか? ちょっと調べてみてくださいますか?」

(ふふ もう調べてありますよ。 あの梶って部長、とんでもないエロ親父です。 風俗三昧でコスプレ好きでアナル好きの変態野郎です。 こちら側の住人の資格は十分ですが、胆力のないチンケな男です。)
「あははっ そうですか! じゃこちらで一席持つようにします。 アポイントが取れたら今日にでもそちらにご案内しますのでよろしくお願いします。 貴重な情報、ありがとうございました。じゃ失礼します」 

          ◆

「梶部長は、こういう類のお店は、初めてですか?」
 横田が、プロジェクトチームの梶を伴ってHalf Moonを訪れたのは、10時を回っていた。

「そうだね。こんな高級なのは初めてだね! もっと下世話なところは経験あるがね」
「お嫌いなら、直ぐに河岸を変えますが、どうします?!」
「いやいや! 結構だよ。 大変気に入りました! あはははっ」
「そうですか。それは良かった」
「しかし、よくこういうところを利用するのかね?」
「僕がここに来るようになったのはですね、ここのオーナーのお名前はいえませんが、日本有数のお金持ちで、我が社のエステの上得意様なんですよ。 この店は趣味で運営されているんですが、ここの女の子達は、オーナーの要請でうちのサロンで磨き上げて皆さんに可愛がって貰っているんです。 それがご縁で時々接待などで利用させて頂くようになったんです。
見てくださいよ、梶さん。 女達、輝いているでしょう!?」

 梶と横田の視線の先には、天井からこちらに背を向けて吊るされた素晴らしいプロポーションの全裸の女が、女王様然としたボンデージに身を包んだ女に、鞭でお仕置きを受けていた。
 鞭がヒュンと唸り、肌で弾ける音が響く。
「ひっ!ああああああぁぁ……… 許してくださいぃぃぃ………」
 か細く悲哀を帯びた女の啼き声が、フロアに響き渡る。
 しかしその声には、どこか湿り気があり、牡を誘う牝の音色が含まれている。
 白い肌に鞭が遺した赤い筋が幾条にもはしり、この哀れな光景は、ここに集う客たちにはこの上ない被虐美だった。

「女を虐めるのは、男の夢の一つだよな?!」
「そうですね!」
「どんなに聖人君子ぶっても、牡として牝を荒々しく犯したい!って欲求はすべての男が持っているもんだ。 それを実際に出来るかどうかは、別の話だがね。 しかし、時間制で金で演技する商売女じゃどうもなぁ、やっててもどこか白けているんだよなあ」
「ですよね~ 梶さん! でもここの女達はね、その欲望を満たしてくれますよ!」
「ん?!」
「ふふ。 そういう金で感じた振りをするプロじゃないんですよ」
「プロじゃない?!」
「ええ。 風俗のイメージ・プレイなんかじゃなくて、見知らぬ男達に本人の意思にかかわらず本気で犯されているんです。  本当に哀しくて、本当に感じて涙も淫汁も流しているんですよ 」
「そ、それは?……」